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砂の嵐

砂の嵐

ヒタスタイルコラム再録 16 砂の嵐 2015年6月号

 

「おい 教えてやるき、誰にも言うなよ。真夜中2時か3時頃テレビでめちゃくちゃイヤラシイ番組がありよるきこそーっと見れよ。そうそう番組名は砂の嵐、絶対誰にも言うなよっ!」

中学に入り、そろそろ中学生ライフに慣れ、なんだか色んなモノに目覚めだした頃、聞きもしないのになんだか色んなコトを教えてくれた先輩からこう囁かれた。

深夜オールナイトニッポンを聴きながら待機。当時テレビは茶の間に一台のみ。2時少し前に忍び足で茶の間に浸入、後にも先にも 忍び足で自分の家を歩くのはあの時期の、アレに関する時くらいのものだろう。

音量を下げ、スイッチを入れる。。。

「シャーーーーッ」

しまった!どのチャンネルか聞いてなかった!

まさかNHKじゃないだろうから残る選択肢はふたつ「8」か「U」

家族が最後に見たであろうNHK「5」から「8」まで慎重に音をたてないようにチャンネルを回す。もちろんリモコンなんてない時代。チャンネルも重量感があり、回す音もとりわけ深夜には大きく響く。6・7・8!

「シャーーーーッ」

「Uか。。」

8からUは遠い。

一度家族の睡眠状態を確認するため意味のないトイレに行き慎重にチャンネルを回す。

8・9・10・11・12・U!

「シャーーーーッ」

先輩の家 福岡の放送映るって言よったねー。Uの他のチャンネルは幸いチャンネルに引っ掛かりがなくスイスイ回せる。所々弱い電波に反応し、なんか映ったような気がするがなんとなくこちらが望んでるような雰囲気ではない。

今日はここで諦めようとチャンネルを元のUに合わせようとしても放送終了なので「シャーーーッ」仕方なく適当に合わせて撤収。

翌朝、朝食時にUが映らんと大騒ぎ。音もなんか小さいね~なんて言われてる。その日はそそくさと朝食を済ませいつもより早く学校に着いたのは言うまでもありません。

今はもうデジタル放送になってあの伝説の番組「砂の嵐」を見ることができなくなってしまいました。

アナログの噂や都市伝説の嵐の中を自身の身体を使って蠢いてたあの頃の中・高生。現在の中・高生はデジタルやバーチャルの海の中を指先ひとつで蠢いているのだろうか。

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ヒタスタイル

ヒタスタイルコラム再録14僕の自転車の後ろに乗りなよ2015年4月号 生まれてはじめて、自分の意思で乗りたいと思った乗り物は自転車。もちろん物心つく前に、3輪車にまたがってる写真なんかは残っているけれども。 そろそろ、自…

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忌野清志郎

ヒタスタイルコラム再録 13 忌野清志郎 2015年3月号 初めて聞いたあの声、奇抜なファッション 、まだ十数年しか生きてないが、人生史上最大の衝撃は突然やってきてすぐに済んでしまった。 明日また と言って学校から帰ると…

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正月

正月

ヒタスタイルコラム再録10 正月休み 2015年1月号

今年のレコード大賞誰でしょう?ブーッ!ハズレそれは去年のばい!
おきまりの会話で始まる3学期。
まだ笑ってはいけなくもなく、格闘技どの試合を見るか悩むでもなく、レコード大賞と紅白で決まってた大晦日。
紅白が始まって間もなく睡魔に襲われ「12:00に起こしてよ!」やっと起き朦朧としながら年越しそば、NHKで見る除夜の鐘、NHK以外は同じ内容の行く年来る年、弟は爆睡。
明けて元旦、シンと静まった街 まだコンビニもないし元旦からの初売りもない、ズッシリ重い新聞、神棚から宝クジを下ろしチェック勿論当たりは末等、楽しみな年賀状 お餅食べすぎるなよ!◯◯ちゃんによろしく!大きなお世話のメッセージ、お爺ちゃんの和服、最大の楽しみのお年玉と引き換えに呑まされるお屠蘇、手作りのおせち料理とガメ煮、寝転んで見るサッカー決勝、昼ご飯か夜ご飯かわからないタイミングで食べるお雑煮、気がつけば隠し芸のマチャアキ、引っ叩かれる銅像ハナ肇。
親戚の家でいただくウチとは少し違うおせちとガメ煮、双六代わりの人生ゲーム、大人も混じってやった花札。
お年玉で買ったゲイラカイト、追加で買った糸のつなぎ目から切れて飛んでいったゲイラカイト。残りのお年玉で再び購入した少し安いゲイラカイト微妙にデザインが違うし飛びも悪い
あっという間の冬休みが終わるとおきまりの会話で始まるあっという間の3学期。
改めまして明けましておめでとうございます、今年もほんの少しの時間懐かしい気分に浸っていただければ幸いです、本年もよろしくお願いします。
あの頃の3学期より1年が短く感じる。

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めんこ

めんこ

ヒタスタイルコラム再録 10 パッチン 2014年12月号

戦場はストリート、行き交う車ももろともせず男達の戦いは続く。丸や四角、道路に埋まってるマンホールが決戦のリング。
数人の腕に覚えのある男達がそのリングを囲み、マンホールを見下ろす。
主戦場の街を越え、校区をも越えて挑戦者はやってくる。
男達の腕には数々の修羅場を共にくぐってきた相棒と、たくさんの戦利品。
なかには米袋一杯の戦利品を引っさげてるツワモノもいた。
「パッチン」その名のとうり厚い絵の描かれた丸い紙を地面にパチンと叩きつける戦い。戦いの名前も、この相棒の名前も「パッチン」共通語で「メンコ」と呼ばれてるのを知るのはまだずっと後の事。
ルールも校区などで微妙に違ったが基本的には、相手をリングから出すか、ひっくり返すことで相手のパッチンをいただける。そして強い奴はどんどんコレクションが増えていく、不思議なもので個人で強いのもいるのだが、強いパッチンというのもいてコレがなかなか取られない。これまた不思議なもので豊富にパッチンを買って貰える裕福な子は概ね弱く、ハングリーな子ほど1枚の強力な相棒と共に戦利品を増やしていった。
パッチンにも工夫し、オフェンスの為に端を少し織り込んだり、ディフェンスには表面にロウを塗ったりした。中にはテベという反則の使い手もいた。
ぼくらの地域は無差別級、大きなパッチンも小さなパッチンも同じリングに上がる、小さなパッチンで大きな獲物を仕留めた時の快感はたまらなかった。
そしてもうひとつぼくらの地域の最大の特徴は「銀天街」という全天候型ドームを完備し雨の日でも、台風で休校になった日でも、戦いが行われていたこと。缶蹴りや、やわボール野球ができなくてもパッチンはできた。
今は銀天街もなくなってしまったが、マンホールを見るとあのパッチンを思い切り叩きつけたくなる、今度やってみよう、50肩を痛めない程度に。

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ピンクレディ

ヒタスタイルコラム再録 8 ピンクレディ2014年10月号 中学の頃、配達にやって来るヤクルトレディからコンサートのチケットをいただいたのが初のライブ参戦だった。場所はまだ一階席に机があった市民会館。 数年前には日本全国…

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TAMIYA

ヒタスタイルコラム再録7 TAMIYA 2014年9月号 白抜きの星を二つ並べ背景は左が赤で右が青、圧倒的にこのマークだった。 小学生の頃、ヤマニ文具店の片隅にあったプラモデルコーナーはまさに宝の山。 しかし、そこは基本…

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当たり鐘

ヒタスタイルコラム再録 昭和の夏休み2014年8月号 チリンチリン! 夏休みに入ると町内ごとに小学校のプールに行く、その時の集合の合図が鐘。チリンチリンと聞こえてくると昼食のソーメンを流し込みダッシュで集合場所に、一年生…

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ヒタスタイルコラム ワールドカップ予選 2014年6月号

ワールドカップに日本が初めて出場を決めた瞬間の事は鮮明に覚えてるが、今回のワールドカップの出場を決めた瞬間の事は正直よく覚えてない。世界最速だったか、それは前回のことだったのか。

僕たち昭和40年代生まれ以前の者にとってはワールドカップに日本が出るなんて夢のまた夢。TVはNHKで録画中継、 日本代表も出てない代わりに、タレントやアイドルも出てない、これは健全。

そしていよいよ日本初出場が決まるかという夜、当時福岡でサラリーマンの僕は東京からのお客様と初顔合わせ会食、午後6時から。試合開始午後10時。サクッとこなせばなんとかなる、しかし大切なお客様、絶対に負けられない戦いがここにもあった。

お客様のリクエストで二次会に屋台に入ったのが9時頃、左サイドの後輩が「先輩そろそろ。。」的なパスをアイコンタクトで送ってくる。何度かスルーした後、意を決し、いかにも今気づいた感じで時計を見ながら「そういえば今日でしたよね、何時からでしたっけ、サッカー?」相手も大人「あ~そういえば」と言いつつも全体に広がる安堵の空気、そして程なくお開きに。

その時の屋台や、街、帰りの地下鉄、西鉄バス内の、そわそわ、わくわくした感じ、その後ホークスの初優勝時でも福岡が経験する街全体が浮かれてる感じをよく覚えてる。

この6月、この国が、この街が、あのわくわく感を共有できるような戦いを!

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ピザトースト

ピザトースト

ヒタスタイルコラム この街にピザ専門店ができた頃 2014年5月号

この街にピザ専門店が出来たのは中学生の頃。坊主頭の4人組で意気揚々と乗り込んだものの、実はピザなる食べ物全く知らなくって想像もつかなかった。

強がって知ったかぶっていたが、後の3人も結構怪しかった。タバスコが運ばれてきたときの一瞬の微妙な空気を今でも覚えてる。

肝心のピッザもメニューを開いたときの価格にビビった。そのお店が特別高いというわけではないだろうが、当時の中学生のおこずかい(3千円位が平均かな~)から考えるとやはり高額だった。おこずかいの約一週間分、当時よく行ってた学生うどんだと5~6杯は食える。

そして再びの微妙な空気のもと、一番安いピザトースト350円也を注文。それでも学生うどん2杯ちょっと、思い切ったオーダーだ。

そして運ばれてきたトーストがまた厚い、日頃家で食べてるトーストの倍はあった、こりゃどーやって口に入れるのかまた不安がよぎる。
覚悟を決め慣れない手つきでタバスコをふりかけ、いざ実食。熱々のトロ~り溶けたチーズと、こんがり焼けたトーストとの食感のハーモニー。と今では素人のグルメレポーターさえ使うのを躊躇うような表現だが、当時はこれが生まれて初めて感覚。

初めての物を、初めての店で食べる緊張感。物と情報が溢れてる今、また経験するときが来るのだろうか?

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