ヒタスタイルコラム再録22 クリスマス2015年12月号掲載
早いものでもう12月。
12月といえばクリスマス、いろいろあるけどここは強引にクリスマス。
初めてクリスマスなるものを意識したのは 幼稚園くらいか。
靴下を枕元に置いて寝ると、朝その中にプレゼントが入ってる。しかも一緒に欲しいものリスト添付しておくと、かなりの確率でそれがプレゼントされるという夢のようなシステム。
小学生になると、サンタさんいる・いないで一度は友達ともめる。
うちはお菓子屋さんを営んでたせいか、かなりの確率で26日の朝 売れ残ったと思われる赤いフロッキーに金糸、銀糸でデコレートされたお菓子のいっぱい入った長靴が置いてあったので、割と早い段階で薄々いないんじゃないかなぁ〜と思ってた。それでもイル!と力説する同級生を完全には論破できなかった。
ケーキも家族で食べるって習慣が根付きだした頃で、TVでも酔っ払いのカトちゃんが、鼻付きだて眼鏡をズラしながらケーキ片手に家に帰って、由紀さおり演じる奥さんに怒られるコントをやってた。
うちは誰のチョイスか不明だが、アイスケーキでなぜかパッケージがダイヤモンドゲームになていて、それを家族でやるのが定番だった。
80年代に入ってくるとクリスマスの調子にのりっぷりも最高潮。
クリスマスツリーで世界的にも有名なロックフェラーセンターを日本の企業が買うという調子にのりっぷり。
一般の市民もバブルに乗せられ調子にのる。1年前から赤坂プリンスを予約、クリスマスでバカ高い料金設定のフレンチを食し、ティファニーの三連をプレゼントに用意する。それをイブと当日の二回では飽き足らず、イブイブまで予定を入れるツワモノもいた。相当調子に乗ってた。
調子が落ちてきてもクリスマスは続く。
時代も落ち着いてきて、家族や仲間で家パーティが主流だそうだ。
それでもあのキンと冷えた夜は なんともいい。
もう50回近く経験しているクリスマス、
ここ数年 やっぱりサンタクロースはいるんじゃないかと思えてきた。
コラム後記
季節外れではありますが、クリスマスのころのお話です。昔は一大家族のイベントでした。コラムには書ききれなかったんですが、うちの父が百貨店勤めだったこともあり食堂の丸焼きチキンとか、お菓子売り場のケーキとかを社員なので買わなければいけないという理由でもって帰って来てくれた。本人的にはあまり乗る気ではなかったようだが、家族特に我々兄弟はよろこんだ記憶がある。
今となっては日田市内の飲食店クリスマスは暇だと悲鳴を上げている、なんとか地元や観光客でに夜の街が賑わうクリスマスを復活させたいものです。
Kiyo
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